フラウンフォーファー回折紹介
2014年10月 舟越 和己
目次
1.はじめに
本資料を読むための予備知識のページを作成しましたので
「フラウンフォーファー回折のための予備知識」を参照下さい。
■フラウンフォーファー回折とは?
光源や観測点がレンズなどの回折物体から充分遠い場合の回折は「フラウンホーファー回折」
と呼ばれています。一方、「フレネル回折」はフラウンホーファーよりも波源に近い場合を扱って
います。
天体望遠鏡は無限遠点の星を対象とし、レンズのサイズに対して焦点距離も非常に長いので、
フラウンフォーファー回折が成立する条件を満たしています。
2.矩形の開口のフラウンフォーファー回折
■状況の設定
下の図のように、対物レンズの前に矩形の開口が置かれていて無限遠の星からの波面は
対物レンズにより焦点に収束する矩形の球面波面Σ(半径=f)になっているとします。
→今後はこのΣから焦点面までを対象にします。
次に、下記のように星からの平行な波面が開口(注)に入るとします。
(注)対物レンズがある場合はレンズを通過した直後の球面波面を考えます。
■ここからの話の進め方
以下の手順で、開口から焦点面の任意の点Pへの回折光が重なったときの光の強さを求めます;
(1)開口を微小領域に分割し、その領域から点Pへの光の強さの合計を求める。(すなわち、
微小領域から点Pへの複素振幅の総和を求める)
(2)開口の全ての微小領域を集めて、開口全体から点Pへの全ての回折光の強さの合計を求める。
このとき、分割された微小領域の大きさを限りなく小さくし(無限小)、開口全体についての総和を
求めること、すなわち定積分の計算を行います。
開口の分割の方法は、開口が矩形の場合は縦横に分割し、円形の場合は極座標で分割します;
<矩形の場合>
<円形の場合>
それでは、上の手順に沿って詳細説明をします。
■座標系の設定
点Qは下記のような座標系のΣ内の点とし、点Qを含むΣ内の微小領域をΔΣ=Δξ×Δη
とします。このとき、ΔΣ内の任意の素元波の源からPへの光はΔξ、Δηが光の波長λより
十分小さいならば、点Qから点Pへの光と同位相(in-phase)になります(注)。
(注)領域をΔΣ=Δξ×Δη内の任意の素元波の源をQ’とします。
点Qから点Pへの光の位相はkr、点Q’から点Pへの光の位相はkr’なので、
位相差はk(r-r’)です。下の三角形から、 | r– r’|≦(QとQ’の距離)≦ΔΣの
対角線の長さが一般に成立します。
従って、位相差|k(r-r’)|=(2π/λ)*|(r-r’)|=2π*(|(r-r’)|/λ)
≦2π*((ΔΣの対角線の長さ)/λ)
=2π*[Δξ2+Δη2)/λ]1/2 ・・・(3)
ここで、Δξ、Δηが光の波長λより十分小さいので
(3)式≒0となり、位相差|k(r-r’)|≒0が導かれます。
以上のことから、ΔΣ=Δξ×Δη内の任意の素元波の源から点Pへの光は、点Pで同位相
となり、「波の重ね合わせの原理(注)」からその合成の光の強さ(複素振幅)をΔU(P)とすると
ΔU(P)=ΔΣからの光の振幅の和=(A0/r)*exp(ikr)*ΔΣ ・・・・(4)
となります(このときの状況は下図を参照)。
(注)2つの波が重なり合う所では、波の合成はそれぞれの波による変位の和に等しくなる。
ここで、フラウンフォーファー回折の前提条件である、開口のサイズと比較して焦点までの距離f
が十分大きい場合、(4)の振幅の項の1/rは1/Rで置換えることができます(近軸近似)。
(4)式の振幅でrをRに置換えると、(A0/R)*exp(ikr)*ΔΣとなります(注)。
ここでΔΣを限りなく小さくすると、
dU(P)=(A0/R)*exp(ikr) dΣ=(A0/R)*exp(ikr) dξdη・・・・(5)
となります。
(注)一方、exp内のrはk=2π/λという大きな値(λ=500nm=500*10-9m)とすると、
kは106m位の大きな値)が掛けられているので、単純にr≒Rとはできません。
exp内のrの近似については以降を参照。
次に、(5)式のexp内のrをRとP, Qの座標で表します。QとPの距離rは、三平方の定理より、
r=[(x-ξ)2+(y-η)2+f2]1/2・・・(6)
一方、R=[x2+y2+f2]1/2よりf2=R2-x2-y2 ・・・(7)
(7)式を(6)式へ代入すると、
r = [(x-ξ)2+(y-η)2+R2-x2-y2]1/2=[-2xξ+ξ2-2yη+η2+R2]1/2
= R[1-2(xξ+yη)/R2+(ξ2+η2)/R2]1/2
となり、rはPの座標(x, y)の関数として表されます。
ここで、開口のサイズに比べてRは十分大きいので(ξ2+η2)/R2の項は無視できます。
従って、
r≒ R[1-2(xξ+yη)/R2]1/2
また、(xξ+yη)/R2≪1なので [1-2(xξ+yη)/R2]1/2≒1-(xξ+yη)/R2
より、r = R[1-(xξ+yη)/R2]が成立します。
これを(5)式へ代入すると、
dU(P) = (A0/R)*exp(ikr) dξdη
= (A0/R)*exp(ikR[1-(xξ+yη)/R2]) dξdη
= (A0/R)*exp(ikR)*exp(-ik(xξ+yη)/R) dξdη
となります。
ここで得られた微分式
dU(P) = (A0/R)*exp(ikR)*exp(-ik(xξ+yη)/R) dξdη
を変数ξ,η(-a≦ξ≦a, -b≦η≦b)について積分をすると、
U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*∬ exp(-ik(xξ+yη)/R) dξdη (-a≦ξ≦a, -b≦η≦b)
=(A0/R)*exp(ikR)*∫exp(-ik(xξ/R))dξ*∫exp(-ik(yη/R)) dη
(-a≦ξ≦a , -b≦η≦b)
ここで、指数関数の積分公式∫exp(ux)dx=exp(ux)/uより
∫exp(-ik(xξ/R))dξ (-a≦ξ≦a)
=[1/(-ikx/R)*exp(-ik(xa/R)]-[1/(-ikx/R)*exp(-ik(x(-a)/R)]
α=kxa/Rと置くと、
=(-a/iα)*exp(-iα) - (-a/iα)*exp(iα)
=2a*[exp(iα) - exp(-iα)]/(2iα) =2a*[(sinα)/α]
同様に、∫exp(-ik(yη/R)) dη=2b*[(sinβ)/β] (β=kyb/R)
従って、点PでのΣ全体からの光の合成の複素振幅は
U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*2a*[(sinα)/α]*2b*[(sinβ)/β]
=4ab*(A0/R)*exp(ikR)*[(sinα)/α]*[(sinβ)/β]
となります。
点Pでの光の強度をI(P)とすると、I(P)=U(P)の二乗平均
=(4ab*(A0/R)*[(sinα)/α]*[(sinβ)/β])2*(exp(ikR)の二乗平均)であり、
exp(ikR)の二乗平均=(|exp(ikR)|)2/2=1/2なので
I(P)=(1/2)*(4ab*(A0/R))2*[(sinα)/α]2*[(sinβ)/β]2
(但し、α=kxa/R,β=kyb/R)
x→0, y→0のとき、α→0,β→0であり、
このときI(P)→(1/2)*(4ab*(A0/R))2なので、
I(0)=(1/2)*(4ab*(A0/R))2は焦点での光の強度となります。
従って、I(P)=I(0)*[(sinα)/α]2*[(sinβ)/β]2 ・・・・(6)
が成立します。 I(P)は下のようなグラフになります。
3.円形開口でのフラウンフォーファー回折
3.1 極座標の導入
■極座標とは?
平面上の点を,原点からの距離pと始線(横軸の正の向き)からの偏角Φの組(p,Φ)で
表したものを極座標といいます。また、pを動径と言います。
■極座標と直交座標の関係
直交座標系を(ξ ,η)とすると、ξ=p*cosΦ ,η=p*sinΦの関係があります。
■極座標での微小領域の面積
下の図で、微小偏角ΔΦと微小動径Δpから作られる矩形領域の各辺の長さは、Δpと
p*sinΔΦ≒p*ΔΦです。従って、この微小矩形の面積ΔW=p*ΔΦ*Δp=p*Δp*ΔΦです。
Σは半径aの円形の球面波面とし、極座標(p,Φ)を導入します。また、焦点面に極座標(q,ψ)を導入
します。このとき点Qを含むΣ内の微小領域の面積ΔΣ=p*Δp*ΔΦとします。
また、極座標と直交座標の変換は、ξ=p*cosΦ,η=p*sinΦ, x=q*cosψ, y=q*sinψです。
前の節の議論より、微小領域dΣに対し下記の式が成立しています。
U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*∬ exp(-ik(xξ+yη)/R) dΣ
この式で、極座標と直交座標の変換(ξ=p*cosΦ,η=p*sinΦ, x=q*cosψ, y=q*sinψ)を行います;
xξ+yη=pq*cosΦcosψ+pqsinΦsinψ=pq*cos(Φ-ψ)
また、ΔΣ=p*Δp*ΔΦより、dΣ=p*dpdΦです。
従って、
U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*∬exp(i(-kpq/R))cos(Φ-ψ))*p dpdΦ (0≦p≦a, 0≦Φ≦2π)
が導かれます。U(P)はζ軸についての回転に対し対称なのでψ=πと置きます;
U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*∬exp(i(-kpq/R))cos(Φ-π))*p dpdΦ
ここで、cos(Φ-π)=-cosΦなので
U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*∬exp(i(kpq/R))cosΦ)*p dpdΦ ・・・(7)
(0≦p≦a, 0≦Φ≦2π)
3.2 ベッセル関数
(7)式の変数Φに関する積分は
∫exp(i(-kpq/R))cosΦ) dΦ ( 0≦Φ≦2π)
の形をしていますが、これは一般には「ベッセル関数の積分表示」と呼ばれるタイプの式です。
■ベッセル関数の積分表示とは?
m次の第1種ベッセル関数Jm(u)とは、下記の積分式で表されます;
Jm(u)=(i-m/2π)*∫exp(i(mv+u*cosv)) dv
0次のベッセル関数J0(u)は、
J0(u)=(1/2π)*∫exp(iu*cosv) dv ・・・(8)
となります。
m次のベッセル関数Jm(u)と(m-1)次のベッセル関数Jm-1(u)の間には次の関係式が成り立ちます;
um*Jm(u)をuで微分すると、um*Jm-1(u)となる。
m=1とすれば、
u*J1(u)をuで微分すると、u*J0(u)となる。
すなわち、
u*J0(u)をuで積分すればu*J1(u) ・・・・(9)
となります。
3.3 フラウンフォーファー回折の式のベッセル関数表示
(7)式の変数Φに関する積分
∫exp(i(kpq/R))cosΦ) dΦ ( 0≦Φ≦2π)
を0次のベッセル関数で表示すると、(8)より
∫exp(i(kpq/R))cosΦ) dΦ=2πJ0(kpq/R) ( 0≦Φ≦2π)
となるので、(7)式は、0次のベッセル関数で表示すると、
U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*2π∫J0(kpq/R) *p dp・・・・(10)
(0≦p≦a)
となります。w=kpq/Rと置くと、p=(R/kq)*w, (R/kq)は定数扱いなのでpはwの一次式。
従って、dp=(R/kq)*dw, 0≦w≦kaq/Rなので、(10)を変形すると、(9)より
U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*2π*(R/kq)2*∫J0(w) *w dw
(0≦w≦kaq/R)
=(A0/R)*exp(ikR)*2π*(R/kq)2*[J1(kaq/R) *(kaq/R)-J1(0)*0]
=(A0/R)*exp(ikR)*2π*a2*(R/kaq)*J1(kaq/R)
=(A0/R)*exp(ikR)*2π*a2*[J1(kaq/R)/(kaq/R)]・・・(11)
(11)式 U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*2π*a2*[J1(kaq/R)/(kaq/R)]
から点Pでの光の強度をI(P)を求めます。
I(P)=(U(P)の二乗平均であり、(exp(ikR)の二乗平均=(|exp(ikR)|)2/2=1/2なので
I(P)=2(A0/R)2*S2*[(J1(kaq/R) )/(kaq/R)]2 ・・・(12)
(但し、S=π*a2:開口の面積)
q→0のとき、(J1(kaq/R) )/(kaq/R)→1/2なので、
I(0)=2(A0/R)2*S2/2
従って、(12)式は
I(P)=I(0) *[2(J1(kaq/R) )/(kaq/R)]2 ・・・(13)
となります。ζ軸とOwPの角度をθとすると、sinθ=q/Rなので
(13)式は、
I(θ)=I(0)*[2(J1(ka sinθ) )/(ka sinθ)]2 ・・・(14)
となります。
(13)式でJ1(kaq/R)が最初に0になるのは、ベッセル関数表からkaq/R=3.83のときです。
このときのq=q0がエアリーディスクの半径となります。q0を求めると、
q0=3.83R/ka=3.83Rλ/ 2πa=(3.83/3.14)Rλ/2a=1.22*Rλ/2a
焦点距離f≒Rであり、口径D=2aなのでエアリーディスクの半径q0=1.22*fλ/D
が求まります。
4.中央遮蔽のある開口でのフラウンフォーファー回折
■中央遮蔽の扱い
中央遮蔽は、半径εa(0<ε<1)の円板の遮蔽としてこれまでの座標系に追加します。これまでの式
との違いは、pの値の下限がεaとなったのみです;
U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*∬exp(i(-kpq/R))cos(Φ-ψ))*p dpdΦ
(εa≦p≦a, 0≦Φ≦2π)
■中央遮蔽のあるフラウンフォーファー回折
従って、(10)式は積分の範囲の下限が0からεaに変るだけです。
U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*2π∫J0(kpq/R) *p dp (εa≦p≦a)
となり、U(P)=(A0/R)*exp(ikR)*2π*(R/kq)2*∫J0(w) *w dw (εa≦p≦a)
=(A0/R)*exp(ikR)*2π*(R/kq)2*[J1(kaq/R) *(kaq/R) -J1(kaεq/R)*(kaεq/R)]
=(A0/R)*exp(ikR)*2π*a2*[(R/kaq)*J1(kaq/R) –ε(R/kaq)J1(kaεq/R)]
=(A0/R)*exp(ikR)*2π*a2*[J1(kaq/R)/(kaq/R)-ε2J1(εkaq/R)/(εkaq/R)]
点Pでの光の強度をI(P)とすると、
I(P)=(A0/R)2*(2π*a2)2*[J1(kaq/R)/(kaq/R)-ε2J1(εkaq/R)/(εkaq/R)]2・・・(15)
q→0のとき、J1(kaq/R)/(kaq/R)→1/2, J1(εkaq/R)/(εkaq/R)→1/2
なので、I(0)=(A0/R)2*(2π*a2)2*(1-ε2)2/2・・・(16)
(16)式を(15)式へ代入すると、
I(P)=[I(0)/(1-ε2)2 ]*[2J1(kaq/R)/(kaq/R)-2ε2J1(εkaq/R)/(εkaq/R)]2・・(17)
となり、中央遮蔽(遮蔽比率ε)の点Pでの強度I(P)が求まります。
ここで、特にε=0とおくと無遮蔽のI(P)に等しくなります。
■回折像の強度分布の比較
下の2つのグラフは(14)式から求めた無遮蔽の場合と、(17)式から求めた33%遮蔽の場合
の回折像の強度分布を示しています。
これを見ると、下記が分かります;
・中心の強度は、中央遮蔽の場合は無遮蔽の場合の81%。
・中央遮蔽の最初の回折リングは無遮蔽の場合よりも明るい。
■(参考)
回折像の強度分布グラフ作成のために作ったExcel表(ExcelのBESSELJ関数を使用)
(参考とした書籍)
@Hecht著 Optics Third Edition, Addison Wesley, 1998の第10章 Diffraction
ADaniel J. Schroeder著 Astronomical Optics, Second Edition, Academic Press, 2000
の第10章Diffraction Theory and Aberrations