海外天文書紹介
これまで海外の天文書を多数購入しましたが、最後まで読んだ本は3冊しかありません。この3冊に
もう1冊を加えたものを簡単に紹介します。
1冊目は下記の本です;
Neil English著 Classic Telescopes: A Guide to Collecting, Restoring and Using Telescopes
of Yesteryear, Springer 2013
この本はタイトル(Classic Telescopes)から分かるように、主に昔の望遠鏡について書かれた本です。
この本の特徴を一言で言えば「クラシック望遠鏡を愛する人が書いた良書」です。構成は全部で
13章から成り、最後に2頁のエピローグが付いています。
以降、各章の特徴を簡単に紹介します。
1章から5章までは過去の望遠鏡製作者/会社(ドロンド、クック、クラーク、ツァイスなど)の興亡の
話で物語としても面白い内容です。
しかしこの本は、それだけでなく20世紀後半のアクロマート屈折、初期のアポクロマート屈折やカタ
ディオプトリックなどのモダンクラシックの話題も含んでいます(6章〜11章)。
また、これらの望遠鏡を実際に使用した人のレポート(望遠鏡の見え方、最近の望遠鏡との比較、
スターテストの結果など)がイタリック体で随所に載っているのも特徴です。望遠鏡の写真も多数(約
140枚)載っていて、古い望遠鏡に興味のある人なら写真を眺めるだけでも楽しくなるでしょう。
第9章は、アクロマート屈折の特徴が書かれていて、特に後半はアクロマート屈折に対する著者の
思いが中心です。現代の流行である短焦点アポクロマートに対する古典的な長焦点アクロマート
レンズの特性を比較分析した、いわば「アクロマート屈折論」というような内容です。この章のタイトル
はDie Zauberflote(魔笛)となっていて、古典的なアクロマート屈折望遠鏡のことを指しています。
長焦点のアクロマートは温度差や大気の揺らぎの影響を緩和させる力を持っています。
第12章は、パトリック・ムーア卿所有の古い望遠鏡の修復の話です。この中で修復の伝統的な
手法が紹介されています。第13章は、クラシック望遠鏡市場の現状と今後の展望です。
アンティーク取引きの特徴や問題点などが紹介されています。
本書の最後のエピローグはサブタイトルがビザンティウムへの船出となっていて、アクロマート屈折
での天体観測の情景を文芸的に表現しています。
例えば、やがて雲が湧き、1時間半の楽しい天体観測が終わる様子を
" The wind got up and a few clouds rolled in, slowly at first, but then, faster and in ever growing
umbers, coalescing swiftly into one monolithic form, engulfing the starry heavens. ・・・
All good things must come to an end, (最初はゆっくりと、次に早く、風が起き、いくつかの雲が
渦巻き、やがてそれらの雲は数が増え、星空を飲み込むようにモノリスとして大きくなっていった。
・・・全ての良いことは終りを迎える。) " (P.228)
と表現して締めくくり、アイルランドの詩人イェイツの詩「ビザンティウムへの船出
(Sailing to Byzantium)」の一節が引用され、エピローグは終わります。
"Once out of nature I shall never take
My bodily form from any natural thing
But such a form as Grecian goldsmiths make
Of hammered gold and gold enamelling
To keep a drowsy Emperor awake
Or set upon a golden bough to sing
To the Lords and ladies of Byzantium
Of what is past, or passing, or to come."
2冊目は、二重星に関する本です;
James Mullaney著 Double and Multiple Stars and How to Observe Them, Springer 2005
日本には二重星の纏まった本はありませんが、この本は二重星の分類と理論から始まり二重星
観測の基本的なことが網羅されていて、観測の入門書(二重星の観測を始める前の知識)として非常
に良い本です。
この本は、「第一部 二重星と多重星の全て」、「第二部 二重星と多重星の観測」の2部構成です。
第一部では、
・実視連星や分光連星、食連星など様々なタイプの二重星について基本的なこと、及び天体物理の
視点から見た二重星の特徴(二重星の起源、質量の決定など)について基本的知識を学ぶことが
できます。
第二部では、
・始めに二重星を見る愉しみが語られます。例えば
"Double stars are the tinted jewels and waltzing couples of the sky.(P.3) (二重星は色合いのある
宝石でワルツを踊るような空のカップルです)
・二重星観測に必要な道具の説明(望遠鏡の基本的なことからマイクロメータとその使い方まで)
・二重星愛好家のための観測プロジェクトが取り上げられ、その方法について解説されています。
例えば、「二重星の名所巡りのツアー」、「二重星の色の研究」、「分解能の研究」などです。
・二重星と多重星の観測リストが示されます。これは2インチから14インチの口径の望遠鏡で眺め
るための100個対象を編集したものです。
・最後に結びの言葉として、過去、現在のアマチュアおよびプロの観測家の考えを抜粋したものが
32個記述されています。その一部を紹介します;
" Whatever happened to what amateur astronomers really care about ? simply
enjoying of the beauty of the night sky? Mark Hladik" (P.89)
(どんなことがあろうとアマチュア天文家が真に関心を持つこと ? それは単純に夜空の美
しさを楽しむことでは?)
" The true value of a telescope is how many people have viewed the heavens through it ?
John Dobson " (P.88)(望遠鏡の真の価値はどのくらい多くの人がそれを通して天上を眺めたか
ということである。)
3冊目は、望遠鏡の光学的品質をテストする1つの手法であるStar testについて書かれた
本です;
H. R. Suiter著 Star Testing Astronomical telescopes, Willman-Bell 1994
この本は天文書の中でも天体望遠鏡の見え方など光学的品質に関心がある人向けのマニアック
な本です。私はこの本を一応熟読したつもりですが、現在でも不明な箇所が何か所か残っています。
スターテストとは、正確には
「点光源」テストと呼ばれるもので、高倍率で星を見たときの焦点像、及び焦点を外したときの像[これ
を焦点内外像という]の見え方で対物レンズやミラーの状態や精度を調べる手法です。この本では、
焦点内外像の他にMTF(注), 収差関数(理想波面と実際の波面の偏差)が議論されます。
全部で15章から構成されていますが、各章の内容を一言で紹介すると次のようになります。
(注)MTFはModulation Transfer Functionの略です。
第1章は、天体望遠鏡の光学精度の例や波面収差の定義などが書かれています。
第2章は、スターテストで重要なポイントとなる「焦点内外像」の特徴を要約した内容です。
第3章は、望遠鏡をオーディオシステムと比較し本書の説明で重要な概念となるMTFについて
書かれています。
第4章は、回折をフレネルゾーンで説明します。
第5章は、スターテストを行うために必要な条件(人工星の設置条件など)とスターテストの実施
例です。
第6章から14章までは、個々の問題について詳細にスターテストでの判別法や対処法が述べら
れています。ここで、個々の問題とは、
・光軸不一致 ・大気の揺らぎと筒内気流
・締め付けとたわみ ・遮蔽と遮光
・球面収差 ・円形ゾーンとターンエッジ
・色収差 ・ラフネス(面の荒れ)・非点収差
第15章は、上記の複合的な問題を扱います。
この本は文章で説明するスタイルが中心なのでじっくり読んで理解する必要があります。そのため
大学のセミナーのように数人で集って議論しながら理解していくのが良いのではないかと思います。
尚、この本は現在第2版が出ています。
(11/25追記)この本より更に詳しい内容は下記に載っています(ここでもMTFが議論のベースです);
Amateur Telescope Optics
4冊目は、仏で出版された12.5cm×19cmというポケットサイズのイラスト中心の「天文の
小ガイド(Les petits guides d'astronomie)」の1冊です;
Guillaume Blanchard著Observer avec une lunette et un telescope(屈折と反射望遠鏡
での観測), Delachaux et Niestl 2009
(注)フランス語では、屈折望遠鏡をlunette、反射望遠鏡をtelescopeと使い分けします。
この本は「天体望遠鏡とは何か?」から始まります。望遠鏡の歴史や種類・構造などが初心者向けに
イラスト中心で説明されています。文章は読まなくてもイラストを見るだけでも面白いです。
ところが2章以降は、光学の話(焦点比、極限等級、分解能、望遠鏡の視野)、望遠鏡の光学品質の
評価(回折リングの話)、基本的な収差の話(球面収差、コマ、非点収差、色収差、歪曲など)など、
段々レベルが上がってきます。
さらに章が進むと、光学表面の処理(アルミナイズ、コーティング)、赤道儀の追尾機構の話(ペリオ
ディックモーション)、焦点内外像による症状と対処法、PTVとRMS波面収差の説明、品質検査表の
読み方(フーコーテスト結果、インターフェロメータ結果、ロンキーテスト結果の見方と事例)、大気の
揺らぎの影響、ミラーやレンズの清掃の話などがイラストで分かり易く説明されています。
また、参考書籍欄には、上で紹介したStar Testingが載っています。最初はイラスト中心の初心者向け
の本と思っていましたが、内容のレベルの高さに驚きました。
これまで海外の天文書を多数購入しましたが、最後まで読んだ本は3冊しかありません。この3冊に
もう1冊を加えたものを簡単に紹介します。
1冊目は下記の本です;
Neil English著 Classic Telescopes: A Guide to Collecting, Restoring and Using Telescopes
of Yesteryear, Springer 2013
この本はタイトル(Classic Telescopes)から分かるように、主に昔の望遠鏡について書かれた本です。
この本の特徴を一言で言えば「クラシック望遠鏡を愛する人が書いた良書」です。構成は全部で
13章から成り、最後に2頁のエピローグが付いています。
以降、各章の特徴を簡単に紹介します。
1章から5章までは過去の望遠鏡製作者/会社(ドロンド、クック、クラーク、ツァイスなど)の興亡の
話で物語としても面白い内容です。
しかしこの本は、それだけでなく20世紀後半のアクロマート屈折、初期のアポクロマート屈折やカタ
ディオプトリックなどのモダンクラシックの話題も含んでいます(6章〜11章)。
また、これらの望遠鏡を実際に使用した人のレポート(望遠鏡の見え方、最近の望遠鏡との比較、
スターテストの結果など)がイタリック体で随所に載っているのも特徴です。望遠鏡の写真も多数(約
140枚)載っていて、古い望遠鏡に興味のある人なら写真を眺めるだけでも楽しくなるでしょう。
第9章は、アクロマート屈折の特徴が書かれていて、特に後半はアクロマート屈折に対する著者の
思いが中心です。現代の流行である短焦点アポクロマートに対する古典的な長焦点アクロマート
レンズの特性を比較分析した、いわば「アクロマート屈折論」というような内容です。この章のタイトル
はDie Zauberflote(魔笛)となっていて、古典的なアクロマート屈折望遠鏡のことを指しています。
長焦点のアクロマートは温度差や大気の揺らぎの影響を緩和させる力を持っています。
第12章は、パトリック・ムーア卿所有の古い望遠鏡の修復の話です。この中で修復の伝統的な
手法が紹介されています。第13章は、クラシック望遠鏡市場の現状と今後の展望です。
アンティーク取引きの特徴や問題点などが紹介されています。
本書の最後のエピローグはサブタイトルがビザンティウムへの船出となっていて、アクロマート屈折
での天体観測の情景を文芸的に表現しています。
例えば、やがて雲が湧き、1時間半の楽しい天体観測が終わる様子を
" The wind got up and a few clouds rolled in, slowly at first, but then, faster and in ever growing
umbers, coalescing swiftly into one monolithic form, engulfing the starry heavens. ・・・
All good things must come to an end, (最初はゆっくりと、次に早く、風が起き、いくつかの雲が
渦巻き、やがてそれらの雲は数が増え、星空を飲み込むようにモノリスとして大きくなっていった。
・・・全ての良いことは終りを迎える。) " (P.228)
と表現して締めくくり、アイルランドの詩人イェイツの詩「ビザンティウムへの船出
(Sailing to Byzantium)」の一節が引用され、エピローグは終わります。
"Once out of nature I shall never take
My bodily form from any natural thing
But such a form as Grecian goldsmiths make
Of hammered gold and gold enamelling
To keep a drowsy Emperor awake
Or set upon a golden bough to sing
To the Lords and ladies of Byzantium
Of what is past, or passing, or to come."
2冊目は、二重星に関する本です;
James Mullaney著 Double and Multiple Stars and How to Observe Them, Springer 2005
日本には二重星の纏まった本はありませんが、この本は二重星の分類と理論から始まり二重星
観測の基本的なことが網羅されていて、観測の入門書(二重星の観測を始める前の知識)として非常
に良い本です。
この本は、「第一部 二重星と多重星の全て」、「第二部 二重星と多重星の観測」の2部構成です。
第一部では、
・実視連星や分光連星、食連星など様々なタイプの二重星について基本的なこと、及び天体物理の
視点から見た二重星の特徴(二重星の起源、質量の決定など)について基本的知識を学ぶことが
できます。
第二部では、
・始めに二重星を見る愉しみが語られます。例えば
"Double stars are the tinted jewels and waltzing couples of the sky.(P.3) (二重星は色合いのある
宝石でワルツを踊るような空のカップルです)
・二重星観測に必要な道具の説明(望遠鏡の基本的なことからマイクロメータとその使い方まで)
・二重星愛好家のための観測プロジェクトが取り上げられ、その方法について解説されています。
例えば、「二重星の名所巡りのツアー」、「二重星の色の研究」、「分解能の研究」などです。
・二重星と多重星の観測リストが示されます。これは2インチから14インチの口径の望遠鏡で眺め
るための100個対象を編集したものです。
・最後に結びの言葉として、過去、現在のアマチュアおよびプロの観測家の考えを抜粋したものが
32個記述されています。その一部を紹介します;
" Whatever happened to what amateur astronomers really care about ? simply
enjoying of the beauty of the night sky? Mark Hladik" (P.89)
(どんなことがあろうとアマチュア天文家が真に関心を持つこと ? それは単純に夜空の美
しさを楽しむことでは?)
" The true value of a telescope is how many people have viewed the heavens through it ?
John Dobson " (P.88)(望遠鏡の真の価値はどのくらい多くの人がそれを通して天上を眺めたか
ということである。)
3冊目は、望遠鏡の光学的品質をテストする1つの手法であるStar testについて書かれた
本です;
H. R. Suiter著 Star Testing Astronomical telescopes, Willman-Bell 1994
この本は天文書の中でも天体望遠鏡の見え方など光学的品質に関心がある人向けのマニアック
な本です。私はこの本を一応熟読したつもりですが、現在でも不明な箇所が何か所か残っています。
スターテストとは、正確には
「点光源」テストと呼ばれるもので、高倍率で星を見たときの焦点像、及び焦点を外したときの像[これ
を焦点内外像という]の見え方で対物レンズやミラーの状態や精度を調べる手法です。この本では、
焦点内外像の他にMTF(注), 収差関数(理想波面と実際の波面の偏差)が議論されます。
全部で15章から構成されていますが、各章の内容を一言で紹介すると次のようになります。
(注)MTFはModulation Transfer Functionの略です。
第1章は、天体望遠鏡の光学精度の例や波面収差の定義などが書かれています。
第2章は、スターテストで重要なポイントとなる「焦点内外像」の特徴を要約した内容です。
第3章は、望遠鏡をオーディオシステムと比較し本書の説明で重要な概念となるMTFについて
書かれています。
第4章は、回折をフレネルゾーンで説明します。
第5章は、スターテストを行うために必要な条件(人工星の設置条件など)とスターテストの実施
例です。
第6章から14章までは、個々の問題について詳細にスターテストでの判別法や対処法が述べら
れています。ここで、個々の問題とは、
・光軸不一致 ・大気の揺らぎと筒内気流
・締め付けとたわみ ・遮蔽と遮光
・球面収差 ・円形ゾーンとターンエッジ
・色収差 ・ラフネス(面の荒れ)・非点収差
第15章は、上記の複合的な問題を扱います。
この本は文章で説明するスタイルが中心なのでじっくり読んで理解する必要があります。そのため
大学のセミナーのように数人で集って議論しながら理解していくのが良いのではないかと思います。
尚、この本は現在第2版が出ています。
(11/25追記)この本より更に詳しい内容は下記に載っています(ここでもMTFが議論のベースです);
Amateur Telescope Optics
4冊目は、仏で出版された12.5cm×19cmというポケットサイズのイラスト中心の「天文の
小ガイド(Les petits guides d'astronomie)」の1冊です;
Guillaume Blanchard著Observer avec une lunette et un telescope(屈折と反射望遠鏡
での観測), Delachaux et Niestl 2009
(注)フランス語では、屈折望遠鏡をlunette、反射望遠鏡をtelescopeと使い分けします。
この本は「天体望遠鏡とは何か?」から始まります。望遠鏡の歴史や種類・構造などが初心者向けに
イラスト中心で説明されています。文章は読まなくてもイラストを見るだけでも面白いです。
ところが2章以降は、光学の話(焦点比、極限等級、分解能、望遠鏡の視野)、望遠鏡の光学品質の
評価(回折リングの話)、基本的な収差の話(球面収差、コマ、非点収差、色収差、歪曲など)など、
段々レベルが上がってきます。
さらに章が進むと、光学表面の処理(アルミナイズ、コーティング)、赤道儀の追尾機構の話(ペリオ
ディックモーション)、焦点内外像による症状と対処法、PTVとRMS波面収差の説明、品質検査表の
読み方(フーコーテスト結果、インターフェロメータ結果、ロンキーテスト結果の見方と事例)、大気の
揺らぎの影響、ミラーやレンズの清掃の話などがイラストで分かり易く説明されています。
また、参考書籍欄には、上で紹介したStar Testingが載っています。最初はイラスト中心の初心者向け
の本と思っていましたが、内容のレベルの高さに驚きました。