Sky & Telescopeの過去記事から
1.スイフトの火星衛星の予言。これはSky & Telescope 1956年9月号のHenry C. Brinton氏の記事です。
イントロ部分のみを紹介しますと、
「アサフ・ホールの火星の2つの衛星発見のニュースは1877年の科学界に驚きをもたらしたが、それは
文学の世界に奇妙な影響を与えた。というのは、ホールにより衛星の実際の観測からまとめられたデータ
が英国の船乗りにより行われた旅行記という風刺文である、ガリバー旅行記の中の空想の一節のものに
極めて似ていたからである。
 この空想に満ちた旅の話はジョナサン・スイフトにより書かれ、1726年に出版された:それはスイフト
の時代の数学者や科学者を特にからかった章を含んでいる。その一節のシーンが見られるのはラピュタ
という仰天する空飛ぶ島である。スイフトはラピュタ人の学問の驚くべき水準を記述し、述べている;
"それ(火星)は2つの小さな星、あるいは衛星を持っていて、火星の周りを回っている。内側の衛星は
火星の直径の3倍の距離にあり、外側の衛星は5倍の距離にある;前者は10時間で(火星を)一周し、
後者は21.5時間で一周する。・・・・"」
次に、ガリバー旅行記のデータと実際のデータの比較が載っています;
「 ここに実際のデータと比較してみる;
衛星   火星の中心からの距離       衛星の公転周期
     スイフト  ホール       スイフト  ホール
内側    3倍   1.38倍              10時間  7時間39分
外側    5倍   3.46倍             21.5時間  30時間18分

ラピュタ人の天文学者が主張したデータと実際の衛星の特性との間の大まかな数値の対応は顕著である。
しかしこれだけではない。スイフトの衛星はケプラーの第三法則に従って動いている。同じ惑星のいく
つかの月にこの法則が適用されるとき、この法則は(衛星と惑星の)距離の3乗と公転周期の2乗の比
が全ての衛星に対して同じであることを主張している。そして実際、水津との衛星ではどちらもその比率
は0.27と等しい。
 実際の存在が1世紀半のちまで見つけられなかったときに、火星に2つの衛星があるというスイフトの
宣言の背景には何があるのだろうか」
以降、いろんなこと(スイフトが元にした資料があったのかなど)が検証され、結論としては
「全てを考慮したとき、スイフトの火星衛星の予言は単なる偶然に帰するということが合理的であるよう
に思われる。」と結んでいます。

<参考>ガリバー旅行記で火星の衛星の話が出てくるのは下記の部分です;
 " They have likewise discovered two lesser Stars, or Satellites, which revolve about
       Mars; whereof the innermost is distant from the Center of the primaryPlanet
       exactly three of his Diameters, and the outermost five; the formerrevolves in the
       Space of ten Hours, and the latter in Twenty-one and a Half; so, thatthe Squares
       of their periodical Times, and very near in the same Proportion with theCube of
       thier Distance from the Center of Mars; which evidently shews them tobe governed
       by the same Law of Gravitation, that influences the outer heavenlyBodies.
       − Oxford world's Classics Gulliver's Travels Chaper Three A Voyage toLaputaより−

2.米国海軍天文台の26インチ屈折
二重星のカタログは「Washington Double Star Catalog (WDS)、Sixth Catalog of Orbits ofVisual Binary
Stars (ORB6) 」が有名ですがこれを作成しているのはU.S. Naval Observatoryです。
この天文台には火星の衛星発見に使用されたことで有名なアルバン・クラーク製の26インチ大屈折望遠鏡
があり、137年経た今日でも二重星の位置測定に現役で使われています。こういう古いものが現在でも現役
で専門家に使われるというのは他の科学では考えられないことのように思われます。
また、毎週月曜日の曇りの日は観測に使われないので天文台のナイトツアーに組み込まれているそうです。
米国人にとっては、まだ新興国だった19世紀に伝統ある欧州の天文台が見つけられなかった火星の衛星を
発見した望遠鏡として現在でも人気があるのでしょう。
 火星衛星発見当時はワシントン市民が天文台に多数訪れ入場整理券発行の機械を設置しなければなら
なかったほどだった、と当時の新聞は伝えているそうです(これは、S&Tの過去記事より)。

S & Tの1973年10月 A Historic Refractor's 100th Anniversaryの中に米国海軍天文台の26インチ屈折の
分解能についての説明がありました(1967年に書かれた報告);
これによると、「離角0".20〜0".24のペアは通常分離して見える。良いシーイング条件の下で二星の光度差
が小さい明るい星では、離角0".11〜0".13のペアが細長い(elongation)のを見ることができる」と書いてあり
ます。また、エアリーディスクもシャープで回折リングのパターンも全ての方位に一定の明るさの円に見える
とあり、アルバン・クラークの対物レンズが優れていると書いてあります。
この記事にはこの他に26インチ屈折の計画やその後の推移など興味ある話がいろいろ書いてありました。